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蛭谷和紙の製造工程と特徴、唯一の職人川原隆邦氏から感じた伝統産業の在り方。

2016/12/11

蛭谷和紙

蛭谷和紙(びるだんわし)は富山県下新川郡朝日町蛭谷で作られる。

蛭谷和紙の職人は現在、川原隆邦氏ただ一人。唯一の継承者「川原隆邦氏」が代表を務める川原製作所で、蛭谷和紙は製造される。

「びるだん和紙」って響きがなんとなくカッコよくて気になっていたのだが、今回見学に行けることになったので、調べてまとめてみた。

記事最後に、蛭谷の川原氏を取り上げた「明日への扉 | #007 和紙職人」というyoutube動画を添付した。この記事はその内容を織り込みながらまとめている。気になる方は、見てみてほしい。4本で20分弱だ。

越中和紙

蛭谷和紙は、越中和紙の1つである。

越中和紙とは
国の伝統工芸品の指定を受けるため、(五箇山和紙、八尾和紙、蛭谷紙)の三産地を総称したもの。

蛭谷「和紙」と蛭谷和「紙」が出てきて、何か違いがあるのか気になったので、川原さんに訊ねてみた。

蛭谷和紙と蛭谷紙(がみ)の違い

実質的には「紙」の物質には違いはない。世の中に輸入品の「紙」が浸透してきたときに、それらを「洋紙」、日本固有の紙を「和紙」とした。日本各地で「〇〇和紙」と呼ばれるものも、地元では「〇〇紙」と呼ばれることが多々ある。「わし」と呼ぶか「かみ」と呼ぶかは、地元の人々の思い入れの違いから表れるものかもしれない。

忙しい中丁寧に回答してくださった。

蛭谷和紙の特徴

蛭谷和紙の特徴としては次の3つが挙げられる。

・1000年以上もの優れた保存性
・強靭かつ柔らかな紙質
・原材料を育てるところから行うこと

和紙の製造というと、ほとんどの人は水の上で簀桁(すけた)と呼ばれる道具を動かす紙漉き(かみすき)を思い浮かべることだろう。

しかし、和紙づくりは原材料となる「トロロアオイ」の育成から、楮(こうぞ)の下準備までそのすべての作業が重要で、有名な紙漉きはその一部分でしかない。

蛭谷和紙の製造工程

春・夏

春にトロロアオイの種を植えて育て始める。

夏はその管理だ。和紙づくりに必要なのはトロオアオイの根っこの部分だけだ。

夏に花が咲くのだが、花が咲くと根っこにいく養分が減ってしまうためにすべての花を取る。

ここでどれだけいいトロロアオイを育てられるかが、和紙の品質に大きく影響してくることになる。

秋は山になっている楮(こうぞ)を取ってきて下準備をする。楮は、皮の一部が和紙の繊維になるのだ。

その工程は、まず取ってきた楮を蒸して柔らかくする。この時の蒸し時間や温度も品質に影響してくる。とはいえ、自然の中で温度をコントロールするのは並大抵のことではない。経験と勘が必要な作業だ。

皮を剥いたらその表面を削り取る。和紙づくりに必要なのは内側の白い部分のみだ。

仕上がった楮は、腐らないように天日干しにする。

冬にするのが、あの有名な紙漉きだ。一種類の和紙をつくるのに約1週間を費やす。その工程は次の通りだ。

【舎熱(しゃねつ)】

楮を半日ほど釜で煮る。
釜の水には薪を燃やして作ったアルカリ性の灰汁(あく)を混ぜる。その水でゆでることによって、丈夫で柔らかな繊維ができる。
西洋紙の寿命が短いのは酸性のためだ。ここでアルカリ性にすることで蛭谷和紙の特徴である保存性や柔軟さが生まれる。

【水洗い】

釜から上げた楮を水洗いする。ここで塵などゴミを取り除く。
この時に洗う回数で出来上がりの色合いが変わってくる。

【叩解(こうかい)】

楮の繊維をより細かく崩すために木槌でたたく。
しっかり叩けばキメの細かい和紙に、荒く叩けば繊維がしっかりと出た和紙に仕上がる。
叩解は繊維を傷ませないように木槌で丸一日叩き続ける。

【紙漉き】

楮を入れた水に、トロロアオイの根から出るドロドロの粘液(ネリ)を加える。
ネリを加えることで水中の楮の繊維が満遍なく分散し底に沈殿しにくくなるため、均一な和紙に仕上がる。

蛭谷和紙の職人

蛭谷和紙の職人は現在、川原製作所の川原隆邦氏ただ一人だけだ。

川原隆邦氏は富山県下新川郡朝日町生まれ。幼い頃に千葉に転居し、高校を卒業してから両親とともに富山に戻ってきた。プロサッカー選手を目指してJFL(社会人リーグ)で活躍するが怪我で断念。23歳の時に蛭谷和紙最後の職人、伝統工芸士の米岡寅吉氏に弟子入りする。その後米吉氏が他界したため、川原氏が唯一の蛭谷和紙職人となった。

下記の動画では、「伝統は1日ではできないけど、1日あればなくなってしまう」というコメントが心に残った。

現在製作所は、立山町に移していているようだ。

川原製作所
住所:富山県中新川郡立山町虫谷29

まとめ

長年頭に引っかかっていた蛭谷がようやく少しすっきり理解できた。

伝統の継承はよく問題になる。その技術や商品の需要の問題もあって難しい部分もある。

しかし誰か一人でも若者が行動すれば、継承することができる。それで食べていけるかどうかは、その人や産業の工夫や頑張り次第。川原さんの行動からそんな風に思わされた。

「人が来ない」「需要が減った」「時代が変わった」「伝統を残したい」とみんな口々に言うけども、行動できるかどうかが大きなポイントなのではないだろうか?

蛭谷和紙の紹介動画

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