『TOYAMA TABLE #5 蛭谷和紙のアートに触れてみよう』に参加してきた。
僕はなぜか「蛭谷(びるだん)」という響きになぜか惹かれて、これに参加する前に、蛭谷和紙の製造工程をネットで調べて『蛭谷和紙の製造工程と特徴』にまとめた。今回のものと合わせて目を通してほしい。より蛭谷和紙のことがわかるはずだ。
富山県中新川郡立山町虫谷にある川原製作所。世界で唯一の蛭谷和紙職人の川原隆邦さんから、実際に説明を受けながらその製造行程を見るのはめちゃくちゃ面白くて、ネットで調べたのとは深さが違った。
そして蛭谷和紙づくりは趣深くかっこよかった!今回見てきたことを写真を多めにまとめてみた。
蛭谷和紙づくりの行程
蛭谷和紙の製造工程の大筋は、『蛭谷和紙の製造工程と特徴』に書いた。
ざっくり言うと、楮(こうぞ)の繊維と、トロロアオイのとろみと水を混ぜて、それを漉いて乾かすというものだ。
言葉で言うのはすごく簡単なのだが、実際は楮(こうぞ)やトロロアオイを育てることなど、すごく大変な作業が内包されている。
今回見ることができた部分についてより詳しくまとめていく。
楮(こうぞ)
楮(こうぞ)は和紙の繊維となる重要な材料だ。
まず楮を釜で茹でる。
茹でるとこんな感じになる。これだけまっすぐなのは、自分で育てているからだ。
自生の楮は、曲がっているので皮を綺麗に剥くのが難しい。綺麗に剥けないと、その後の表面を削る作業がうまくいかず、皮の表面が紙に混入してしまう。
茹でた楮は手で簡単に剥くことができる。剥いた楮は、焼き芋のような独特の匂いがする。個人的にはいい匂いだった。
蛭谷和紙づくりには繊維だけを利用するため、剥いた楮の皮の表面を削る。
表面を削った楮は、さらに茹でて繊維をほぐれやすくする。
さらに茹でた楮。繊維の塊のようになっている。
繊維の塊のような楮をハンマーで叩く。この工程で出来上がる和紙の質が決まってくる。
あまり叩かないと繊維が多く残った味のある和紙になり、叩けば叩くほど繊維がほぐれてキメの細かい和紙になる。
叩いた楮を水にほぐすと、面白い感覚を味わえる。ただの繊維の塊だった楮が、羊の毛のようなふわふわした感触に変わるのだ。
楮の下準備はこんな感じだ。かなりの量の楮に対してこの処理を行う。冬の寒い時期に行うことを考えると大変な作業だ。
そしてこの作業の前段階として、楮(こうぞ)を育てていることは忘れてはならない。
トロロアオイ
トロロアオイで、和紙づくりに必要なのは根っこの部分。ここから出るとろみが和紙づくりに重要なのだ。
水と楮を合わせたものにトロロアオイの根から取れるとろみを加える。これにより、楮の繊維が定着しやすくなる。
トロロアオイの根っこを水と一緒に入れておく。
水に入れておいたトロロアオイの根っこを持ち上げると、トロトロ成分が出ているのが分かる。
その水をザルと布でこして利用する。
トロロアオイのとろみ成分をどれだけ加えるかは、その時のコンディション次第で経験によるものだ。
これで蛭谷和紙づくりに必要な楮とトロロアオイの下準備が終わった。
和紙づくりは冬に行われることが多いが、それには理由が2つある。
1.楮とトロロアオイの収穫が秋だから
2.トロロアオイがナマモノで、夏だとすぐ腐ってしまうから
次に実はかなり大事な道具についてだ。
和紙づくりに必要な道具
和紙を漉くときに必要になるのが「漉き簀(すきす)」だ。
写真の道具のことなのだが、テレビなんかでも見たことがあるはずだ。
この漉き簀、いくらするか分かるだろうか?2000円くらい?それとも1万円?
なんとこの漉き簀は、1枚30~40万円する。
和紙職人は、壊れたとき用に必ず2枚は持っている。
この竹ヒゴを見てもらえば分かると思うが、1本1mm以下の細さのものが使用されている。
決めの細かい和紙を作るには、どうしてもこれくらい質の高い漉き簀が必要になるのだ。
和紙職人が少なくなっているが、このような道具を作り出す職人も同様に減っている。
職人だけが増えても、このような道具職人も同時に増えないと伝統産業の継続は難しい。
紙漉き
紙漉き、これはテレビでもよく見るし、体験できるところもたくさんある。
ただ今回の蛭谷和紙づくりの見学で、この紙漉きは和紙づくりにおける一工程にすぎないことを改めて知った。
だがこの紙漉きも他の工程と変わらず、重要であることには変わりない。
ざっくりと説明すると、まず水に楮(こうぞ)とトロロアオイを混ぜる。
その水をすくって漉き簀を動かすことで、漉き簀に繊維が定着して和紙が出来上がる。
チャプチャプと漉き簀の上で水を動かすところを見たことがあると思うが、あれはトロロアオイが入っているからできる。トロロアオイのとろみが効いていないと、漉き簀から水がすぐ落ちていってしまうのだ。
漉き簀をあまり動かさないと荒い繊維が多く残った厚い和紙になり、頻繁に動かして、荒い繊維を落としていくと細かい繊維の薄い和紙になる。
味を出すために、漉いた後の和紙に水をかけて部分的に薄くしたり、荒い繊維を一方に集めて表情のある和紙に仕上げたりするテクニックもある。
すかしの入った和紙をつくるときも、ここで加工を加える。部分的に暑さを変えてあげると、光に透かしたときに特定の模様を見せることができるのだ。
紙漉きの段階は、丁寧に作り上げた原材料を使用して自分の思い通りに和紙を作り出す工程だとも言える。
漉いた和紙は、順番に重ねていく。
濡れた状態で重ねるとくっついてしまうのでは?と思った。しかし糊が入った洋紙などの場合はくっついてしまうが、和紙はくっつかないそうだ。
写真の和紙には黒いものが入ってしまっている。これは楮の皮だ。皮をしっかり削っておかないとこのように、不用物が和紙に入り込んでしまう。漉き簀を動かすことである程度取り除くことはできるが、下準備の大事さがこのことからも分かる。
乾燥と仕上げ
和紙を漉いたら、水を切る工程に入る。
これは写真のように、建物を重さを利用して行う。慎重に水を切りたい場合は、水を入れたバケツなどで、少しずつ圧を加えていく。
水が切れたら乾燥だ。
温めた鉄板に水を切った和紙を貼りつけていく。このときにハケで空気が入らないように、しわを伸ばしていく。ハケをしっかり強めにかけておかないと、乾いていく段階で剥がれてシワシワの和紙になってしまう。
ハケの模様も和紙特有の模様になる。
鉄板はの中には水が入っていて、薪で火を起こして蒸気にして鉄板を温めている。
鉄板は暑すぎず冷たすぎず、和紙を乾かすのに適当な温度になっている。
以上が蛭谷和紙づくりの工程だ。
思った以上に作業工程があり、どの工程も手を抜くことができない重要な工程だ。だからこそ、工夫のしがいがあるのかなと思った。
川原製作所は、完全受注生産。
機械が作ったどこにでもある和紙ではないからこそ、その価値がある。
どんなデザイナーも芸術家も素晴らしい絵は描けても、その和紙自体を作り出すことはできない。思い通りの紙を作れるのは、川原さんのような和紙職人だけなのだ。
だからこそ、打ち合わせを繰り返し依頼主の思うような和紙を作り出す。なんとあのディズニーからも依頼があって実際に製品を制作している。
ここまでくると伝統工芸は、かなりかっこいい。
蛭谷和紙職人、川原隆邦さん
川原さんは伝統工芸士の米岡寅吉さんに弟子入りして、蛭谷和紙の職人となった。その寅吉さんが亡くなったため、蛭谷和紙の職人は川原隆邦さんただ一人だ。
弟子が現れなければ、川原さんで蛭谷和紙の歴史は終わる。現状の伝統産業はそのようなものなのだ。
僕は川原さんに実際にお会いするまで、怖い人だと思っていたwでもそんなことは全くなくて、すごくオープンに丁寧に蛭谷和紙づくりの工程を説明してくれた。
僕たちに分かりやすく説明するために、効率的でないのにも関わらず、楮(こうぞ)を茹でたり、準備をしたりしてくれた。
行程の中でも何度も「ここまでで何か質問はありませんか?」と話を振ってくれ、質問にも丁寧に答えていた。そこには蛭谷和紙への想いと川原さんの人柄がにじみ出ていた。
第3回目のTOYAMA TABLE『能作工場見学と社長のお話』でも感じたのだが、すごくウェルカムな空気で接してくれる。
自分たちの技術を隠すことなくオープンに伝えてくれる。懐の深さをすごく感じる。伝統産業の職人というと頑固一徹、無愛想、みたいなイメージが頭にあるのだが、これからを生きて行く職人はもうその限りではないのかもしれない。
まとめ
日本唯一の蛭谷和紙職人の川原隆邦さんから、蛭谷和紙づくりの工程ごとに詳しく説明をしてもらうという、とても贅沢な時間を過ごすことができた。
蛭谷和紙は、原料となる楮(こうぞ)とトロロアオイの生産から行っている。原料を買うのではなく、育てることでそこに想いが入る。
川原製作所の川原隆邦さんの行動や発する言葉からは、蛭谷和紙への熱い想いがひしひしと感じられた。