NHKの人気番組「ブラタモリ」が、とうとう富山県にもやってきた。
今回タモさんが徹底探検するのは、富山県の人気観光地「黒部ダム」。黒部川第四発電所で発電されることから、黒四ダムとも呼ばれる。
タモさんの知識は、かなりマニアックでめちゃくちゃ深い。
今回の黒部ダムについても、プロジェクトXで事前にかなり予習をしてきたようで、案内人が言おうとしたことをほぼ先回りで自ら話しだしていたほどw
富山県民としても初めて知ることだらけ、勉強することだらけだったので、それらをまとめて整理してみた。
黒部ダムの観光に行く前に豆知識(マニア知識?)として知っておくと、一緒に行った人に説明できるし、何も知らずに見るより100倍くらい楽しめるはずだ!
関連記事
黒部ダムができた理由と時代背景
黒部ダム(黒四ダム)ができた理由は、その当時の時代背景に由来する。
黒部ダムの建設が決まったのは、昭和30年(1955年)。建設工事着工は翌年の昭和31年(1956年)の7月だ。
昭和30年当時の日本は、戦後の復興期。産業が急速に発展している時代だった。そのため、深刻な電力不足に悩まされていた。
特に関西では、工場では週2日、一般家庭では週3日も、電力の使用が制限されている状態。
その状態を抜け出すための大プロジェクトが、水力発電用の巨大ダム(黒部ダム)を富山の秘境黒部に建設することだった。
黒部ダム建設により、建設前の発電量が約23万kwだったのに対し、建設後の発電量は約90万kw(2017年時点)と、大幅な発電量アップに成功。
黒部ダムHPには、黒部川第四発電所の年間発電量は10億kWh、黒部川全体の年間の発電量は約31億kWhとの記載があり、ブラタモリでの案内人との話とちょっと計算が合わない...。
でもとにかく、黒部ダムの完成は、関西への電力供給を増やし深刻な電力不足を解消、日本の高度経済成長を支えた。
黒部ダムの総工事費と工事期間
黒部ダム(黒四ダム)の建設に、どれくらいのお金と時間と人が投じられたか知っているだろうか?
黒部ダムは、昭和38年(1963年)に完成(竣工)した。
黒部ダムの工事期間は7年。
作業員の延べ人数は、1000万人。
総工費は513億円。
数字があまりピンとこないが、黒部ダム建設は、東京タワーや青函トンネルと並ぶ戦後日本の一大事業といわれている。
管理・運営は、関西電力。ブラタモリの案内人の肩書きも「関西電力、北陸電力部土木グループ」の人だった。
黒部ダムの大きさ
黒部ダムの高さは186m、幅は550m。
ダムの中では、日本一の高さを誇る!
黒部ダムの貯水量は、約2億トン。東京ドーム約160杯分の水を蓄えている。
1年間に4~5回水が入れ替わるので、約8億トン以上の量の水が黒部ダムに流れ込んでくる計算になる。
これだけの水が貯水できるからこそ、多くの電力を供給することが可能なのだ。
しかし水力発電において、水が多いだけでは効率的な発電はできない。落差も必要になってくる。
より多くの貯水ができ、発電のための落差を稼げるような立地の工夫がされたのが、黒部ダムの場所なのだ。
黒部ダムの発電について、この後の項目「黒部ダムの発電の秘密」でより詳しく記述していく。
黒部ダムの場所
黒部ダムは、3000m級の山々に囲まれた富山県と長野県の県境の秘境にある。
何県かといわれると富山県になるのだが、あまりにも山奥で富山から行く場合はかなりの時間と交通費がかかる。
ブラタモリでは、タモさん達は長野県の扇沢駅から黒部ダムへ向かった。
黒部ダムへの行き方の詳細については、次の記事にかなり詳しくまとめているので参考にしてほしい。
▶︎黒部ダムへの交通手段!行き方、料金、時間!富山から?長野から?
長野から黒部ダムへのトロリーバスは日本唯一
長野県側から黒部第四ダムへ向かうときは、関電トンネルトロリーバス(愛称トロバス)を利用する。
トロリーバス
道路の上の電線からとった電気で走る乗り物。昭和40年代は全国で活躍していたが、交通渋滞の原因となったので全国から姿を消した。現在日本では、長野から黒部ダムへ向かうルートでのみ運行している。
トロリーバスってなんとなく聞いたことがある気がするけど、初めてちゃんと知った。
こち亀の少年時代編で見た記憶があるくらいだ。まさか現在日本で走っているのは黒部ダムだけだとは!
しかも、平成30年(2018年)の11月で廃止になり、電気自動車に変わるようだ。トロリーバスも電気自動車も、長いトンネルの中を走ることを考えると、排気ガスを出さないので環境にもいいのだろう。
でもトロリーバスに乗るには、それまでに長野県側から黒部ダムへ行くしかないということだ。
長野側からのトンネルは、工事用だった
長野県側から黒部ダムへ向かうトロリーバスは、全長5.4kmのトンネルを通る。
このトンネル、黒部ダムへの観光客のためだけにわざわざ掘ったトンネルではない。
黒部ダムへ資材や人材を運んでいた工事用トンネルを、現在は観光客用の交通トンネルとして利用しているのだ。
ブラタモリの中では、もちろんタモさんはすぐに分かっていた。
トンネルを3kmほど進むと、青い電気の場所が出現する。ここには特別な意味がある。
トンネル工事の大変さを日本中に広めたキッカケ
黒部第四ダム(黒四ダム)への長野側からのトンネル工事は、かなり大変な工事だった。
それを日本中に広めたキッカケは、1968年公開の黒部ダム建設を描いた映画「黒部の太陽」。
石原裕次郎と三船敏郎が共演し、観客動員766万人、興行収入16億円(現在の約80億円)を記録した映画だ。
黒部の太陽の感想レビュー
ブラタモリを見て、早速DVDで黒部の太陽を見てみた。
黒部ダムへのトンネルを掘るのに、男たちが命をかけてのぞむ様子がリアルに描かれていて、黒四ダムへの理解がさらに深まった。富山と長野の間にあるフォッサマグナと、破砕帯工事の困難さがかなり詳細に分かる。本当にすごい工事だったんだと思う。
でも196分と長時間の上に、開始10分ほどで人が立山から滑落していったりと、思っていた以上にヘビー...。
面白いけど、軽い気持ちでは見られない感じだ。


黒部ダム工事が大変だった理由?
黒部ダムの工事には、準備に3年、実際の工事に4年の歳月を費やしている。
どうして、そこまで大変な工事だったのだろうか?
3000m級の山々に囲まれた谷
黒部ダムの場所の項目でも書いたように、黒部ダムは3000m級の山々に囲まれた富山県と長野県の谷にある。
現地に行くには、富山側からか長野側のどちらかから向かうしかない。
現在でも富山側から行くとなると、立山駅からケーブルカーやバスなどを乗り継いで片道約2時間半かかる。長野側からは、現在はトンネルがあるのでトロバスで片道約15分で行くことができるが、その当時はトンネルがない...。
当時は富山側から歩いて行くか、長野側からはトンネルを掘るしかなかった。それだけで、この工事の大変さが分かるだろう。
上の写真は富山側からのものだが、道無き道を大勢で工事現場まで進んで行くのだ。道具や荷物を担いでこの悪路を進み、現地で機械を組み立てることになる。
実際にダム工事を始めるまでに3年もかかったことも、納得がいく。
きっと大勢で、荷物を分担して担ぎ、数日かけて現地に向かったのだろう。その途中で当然滑落事故なんかもあったんじゃないかなぁ?
長野側のトンネル工事と破砕帯
長野県側からは、黒部ダムまでトンネル工事。
黒部第四ダムへのトンネル工事は、1日9mのペースで順調に進行していた。
しかし、破砕帯との遭遇で自体は一変した。
破砕帯
岩盤が細かく砕けて砂のようになった柔らかい地層。崩れやすい上に、そこに溜まっていた地下水があふれ出す。
この破砕帯の突破が最大の難所となったのだ。
破砕帯は距離にして約80mほどしかない。しかし、この80mの破砕帯を突破するのに7ヶ月もかかった。1日平均にすると約38cm。
1日9mで進行していた工事が、約24分の1の効率になったのだ。
映画「黒部の太陽」でもその大変さ、天井から岩盤が崩れ落ち、身も凍るような水が濁流となって襲いかかるシーンとしてが描かれている。
実際も、破砕帯からの地下水を作業員が浴びると、あまりの冷たさに手がかじかんで、1時間以上は作業ができなかった。
当時の工事現場の作業員は、「まるで水を掘っているようだ」との証言もしている。
黒部の太陽を見ると分かるが、破砕帯の水を抜くためにパイロットと呼ばれる本坑とは違う小径のトンネルを10本、総距離500mも掘っている。さらにそのパイロットから大口径ボーリング129本、総距離2900mも掘って、破砕帯の水を抜くような作業を行なっている。
さらに破砕帯の水は、雪解けと共にまた復活するので、制限時間も決まっていた。
このように長野側からの黒部第四ダムへのトンネル工事は、かなり大変な工事だった。しかし地道な工事を続け、着工から1年7ヶ月後に、富山側から掘り進めていたトンネルと繋がり、ついに貫通した。
現在は、破砕帯の湧水はペットボトルに入れられて販売されているw
黒部ダムの発電の秘密
そもそも黒部ダムは、なぜ準備だけで3年もかかるような山奥の秘境に建設しなければならなかったのだろうか?
それは前半でもちょっと触れたように、水力発電でより多くの電力を発電するために「水」と「落差」が必要だったからだ。
水を貯めやすい地形
写真のように黒部ダムは、上流が広く、下流が狭くなっている。
このように広大な水を貯めるための水瓶を確保できる理由は、その地質にある。
ブラタモリでは、タモさん達は船で両岸の岩を回収してその地質を調べていた。
黒部ダムの水瓶部分から採取した岩は、両岸とも花崗岩。左右の岸で同じ地質なのだ。
両岸が同じ地質なので、黒部川による浸食が均等になり川幅が広くなる。
このような地質の場所に建設されているために、黒部ダムには2億トンもの膨大な量の水を貯水できるのだ。
落差を得やすい地形
水力発電に必要なもう一つの大事な要素が、取水口から発電所までの落差だ。
ところで、黒部第四発電所はどこにあるのか分かるだろうか?
もしかしたら、放水されている水の近くにあると思っている人がいるかもしれない。
実は黒部第四発電所は、黒部ダムの近くにはない。
なんと、黒四ダムから10kmも離れた地点にあるのだ!
そこまで離れた地点にあるとはちょっと驚きだった。みんな知ってた??タモさんも結構びっくりしてた。
黒部ダムでは10kmも離れた所に発電所を作ることで、なんと545mもの落差を得ている。333mの東京タワーが余裕ですっぽりと入る高さだ。
黒部川の河川勾配図を見ると、大きな水瓶と急勾配による落差を得るために、ここしかない!って場所に黒部ダムが建設されていることが分かる。
準備に3年もかかってしまうデメリットがあっても、それよりも発電のための「水」と「落差」のメリットが、この黒部川の秘境にはあったのだ。
黒部峡谷の奇跡の地形
ブラタモリの2回目の放送では、黒部峡谷の奇跡的な地形についての説明があった。
これが黒四ダムのある黒部峡谷の地形図だ。
北アルプスの黒部峡谷は、3000m旧の立山と後立山が、連なるように近距離にあることで出来上がっている。
これは普通ではありえない地形なのだ。
ちなみに後立山(うしろたてやま)ってのがあることを、ブラタモリで初めて知った。
北アルプスと比較して、中央アルプスと南アルプスの山々はこのように離れている。
通常は高い山の周りには、広い裾野が広がる。しかし、北アプルスはそうはなっていない。
黒部峡谷の奇跡の地形の成り立ち
黒四ダムのある黒部峡谷周辺は、ちょうど2つのプレートが重なり、通常よりも多くのマグマが発生する大変珍しい場所だ。
マグマで柔らかくなった地面に、2つのプレートが左右から圧力をかけることで地面が盛り上がる。
そうして高くなった地面は、3000m級の山になる。
その状態からさらに左右からの圧力がかかると、高い山に裂け目ができてくる。
隆起と侵食が同時に進行しているのだ。
その裂け目が雨や雪で浸食され、裂け目がどんどん大きくなる。
そうやって出来上がった2つの山が、3000m級の立山と後立山。だから2つの高山が、これだけ近い距離にできた。
その2つの山に挟まれた黒部峡谷に黒部ダムを建設したので、広い水瓶と落差を得られたというわけだ。
普段は身近に感じていた立山だったけど、このような経緯をへて出来上がった山だとは全然知らんかった...。
今度立山登山をするときは、ちょっと意識してみよう。
秘境ならではの黒部ダムの構造
黒部ダムの構造を知る前に、基本的なダムの構造を知っておくと理解が早い。
メジャーなダムの構造は次の2つ。特に難しい話ではないので、さらっと見てほしい。
アーチ式コンクリートダム
主にコンクリートを主要材料として使用し、アーチ止水壁にかかる水圧を両側面の岩盤で支える型式のダム。 上空から眺めると河川を横断する堤体が弧を描くように見える。 略してアーチダムともいう。
重力式コンクリートダム
主にコンクリートを主要材料として使用し、コンクリートの質量を利用しダムの自重で水圧に耐えるのが特徴である。膨大なコンクリート量が必要であり、アーチ式コンクリートダムほどは条件は厳しくないものの花崗岩・安山岩等基礎岩盤が堅固な地点でないと建設することができない。
ダムは大量の水を貯めるので、その圧力に勝る構造にしなければならない。
水の圧力に耐える方法で分かりやすいのが、大量のコンクリートの重さで耐える重力式コンクリートダムだ。デブとガリでどちらが動かしやすいかを考えれば、なんとなく想像がつくと思う。
ちょっと分かりづらいのが、アーチ式コンクリートダムではないだろうか?ブラタモリは、実に分かりやすく説明していた。
ダムの形がまっすぐだった場合の耐久性の弱さの説明。
横にある本が山、紙がダム、お金が水と見立てて見てほしい。ダムをただまっすぐに設置しただけでは、水に押されてすぐに決壊してしまう。
先ほどの図と比べると、イメージしやすいのではないだろうか?
アーチダムの場合、水の圧力を左右の山を押す力に変換できるので、耐久性が増すのだ。
黒部ダムはアーチ式と重力式の複合ダム
黒部ダムは、単純な構造ではなく、写真のようにアーチ式ダムと重力式ダムの両方が採用されている。
なぜ単純なアーチ式ダムにできなかったのだろうか?
その理由は、黒部ダムのすぐそばにある谷にある。
すぐそばに谷があるせいで、単純なアーチダムにしてしまうとその力を支えきれないのだ。
そこで取られたのが、黒部ダムのアーチの部分を前傾にして、水の圧力をなるべく下方向に向ける方法だ。
圧力を下方向へ逃せば、近くの谷の影響は受けない。
黒部の秘境に大量のコンクリートを運ぶのは大変なので、本当は全部アーチ式コンクリートダムにしたかったが、谷があって無理だった。
そのために仕方なく、アーチの端の方だけ重力式コンクリートダムにして、なるべく少ないコンクリートでダムを建設したというのが現状だろう。
このような工夫の過程を知ると、ダムが面白いという人たちの気持ちもほんの少しだが分かってくる。
橋もそうだが、人間ってすごいものを作り上げる力を持っている。
黒部ダムの放水の秘密
ブラタモリでは、黒部ダムの放水の秘密についても説明してくれた。
なぜ黒部ダムは、水を霧状にして放水しているのか?
まず黒部ダムの放水は、今まで説明した通り発電のためのものではない。観光放流の放水で、あくまで観光客のための放水だ。
そしていつでも放水を行なっているわけではなく、6/26〜10/15までの期間のみ。
冬の期間は、水が少なく、放流すると水が凍ってしまうので、放水は行なっていない。
霧状にして放水するのは、霧にして放水した方が虹が出やすいから!ではなく、普通に放水すると下の地面がえぐれて地形が変わってしまうからだ。
小ネタとして友達に自慢しようw
まとめ
富山県の有名な観光スポット「黒部ダム」。
ミシュラングリーンガイドでも「わざわざ旅行する価値がある」とされる星3つを獲得している。
▶︎ミシュランおすすめ、富山の観光地45地点!星3つはどこ?富山観光の参考に
ブラタモリを見て思ったが、これだけ詳しく黒部ダムのことを知っていた人はほとんどいないんじゃないだろうか?少なくとも僕は全然知らんかったw
1つのダムだけど、命をかけた土木工事の土台の上に、様々な工夫が詰まっているダム。
黒部ダム観光に行く前に、この番組で事前に知識を蓄えることができて良かった。
個人的には、「黒部の太陽」も見てから行った方が、絶対に面白いと思う。
気をつけないといけないのは、黒部ダム(黒四ダム)の放水が見られるのは、6/26〜10/15までの期間のみ。時期を間違えて、「行ったけど、放水が見られない時期だった」なんてことのないようにw
宿泊予約サイト